お父さん

先週、父が住んでる鹿児島へ帰ってきました。

父がガラケーから、スマホに変えるのでLINEとか、iPhoneのやり方を教えに帰ったのです。

お父さんが、スマホとか出来るかなぁと、半ば頭を抱えていました。お父さんも、全然ネットとかしていないので、どうなることやらと思っていたんです…

以前父は、ネットで痛い思いをどうやらしたみたいで、それからは、一切このネットを嫌っていたのでした。ワンクリック詐欺にやられてしまったのでした。

そして、父は今一人暮らしをしています。

お母さんはずっと入院していて、父はやむなくひとりさみしい生活と思いきや…全然忙しく日々を過ごしてるんです。

私達が行った時も、畑や友達とのランチや

ボランティアで、駅前の草取りや花植え

そして、父は卓球をしているのですが、先日は卓球青年部で優勝したらしいのです。

決勝戦は中学2年生の男の子と対戦。

元々、わたしに全然似てない運動神経の持ち主で頭も良くて、なんでもできるお父さんでした。

今回、恭子ちゃんが父と過ごしてわたしに伝えてくれた言葉があったんですが、

お父さん、もてるね、と

自分が意図せずに、目立つだろうし、男女問わず、年齢関係なく、人が寄ってくるだろうねと

恭子ちゃんが、魅力的だと…後ろ姿、特に足の形、足首にでてると言うんです、わたしはぜんぜんわからないけど

さらに、昔は女の人に、かなりもててたやろうね。と

わたしも、ん??ハテナでしたが、そうかもてるんだ…確かに、小さい時はわたしはお父さんが大嫌いでした。

だって、出来ない人の気持ちとか全然わからなくて、なんで、出来んのか?との一言。

しかも上から目線で半ば苦笑しながらの言葉かけ

わたしも、母もいつもくやしさ倍増。

わたしのお母さんは、わたし以上に鈍臭い人でした。

何もないところで、こけるのです。

小さいわたしも、お母さんのことが、どんくさいなぁと思ってましたが…わたしもそのタイプだったので…

父は、いつもわたしに厳しく育てました。

どん臭いわたしを、とにかく一人前にしようと心がけて、厳しく、父の考えを押しつけて育ててくれました。

時にわたしも父の教えが良い時もありましたが、めっちゃ嫌な時もたくさんあって

母が病気になり、時がたち…今になり…

父の頼もしさ、そしてかっこよさが

じーんと感じるわたしになってました。

それが、何より嬉しい。

そして、恭子ちゃんがわたしのお父さんのカッコ良さや、頼もしさに気づいてくれて…

嬉しかったなぁ…ありがとう。

そして、案じていた父とiPhoneの関係性なのですが、なんとか慣れたらしくLINEが出来る様になりました。

父は交流関係が深いみたいでお友達からいっぱいLINEでやり取りを経験することで良い感じです。

一人暮らしさみしいだろうなぁって、下関から思っていたけれど、父と同じような同級生。奥さんが入院中や、亡くなられた方など、独身友の会が結成されて、ご飯作ったら、おかず持っていってあげたりと、みんなで思いやって日常生活を過ごしているのをみて、じーんとして帰ってきました。

良かったなぁ、お父さん。

お父さんの何年か前に聞いた言葉


「自分のことは、悩みのうちに入らんよ自分じゃどうしようもないことが悩みじゃ」


最近の言葉

「目に見えんことより、目の前にあることをひとつひとつ大切にしていくんが、大事やと思うぞ」


…深く入る

行った日も、風邪引いたっていうカナダから日本に来てる学校の先生に、ご飯作って持っていっとんたんじゃって、言ってた

その煮物、私達にも食べさせてくれた、たくさんの野菜が、大きく切られてて、ほくほくとほんとに美味しかった。

手を見ると、爪の中から周りやから、真っ黒で、日々が感じられる

初物のツワも、山で取ってきてくれてて、入ってて…わたしがくるのを、楽しみにしてくれてた


いくつかある畑の中でひとつこの畑は、知り合いやらおらん人に、手伝いして、収穫したのは、それぞれに持って帰らせる、そういう畑にしとるんじゃって…

人を思いやる気持ちが、当たり前にあるひとつひとつの行動が、自然と、お互いを助け合うコミュニティを作れてる

すごいな…

父吉次郎、72歳。まだまだ現役で畑をしてそれを出荷して元気に暮らしています。後10年でポックリを目指してるとのことでした。人生をやりきってる感がかっこよかったなぁ。

わたし、亜希子47歳。これからどうやって生きて行こう。まだまだ悩める中高年。まだ、人生やりきってないから、試行錯誤。いっぱいのこと体験してチャレンジしていこう。

お父さんの畑、夏の写真より